コーヒー1杯の暖かさ

心理学を専攻する教育大生が、教員を目指さずに、日本の教育に一石を投じます。

過労死について考えてみませんか?『過労死』牧内昇平著

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こんにちは。

教育と心理学について日々考えているじんぺーです😊

前回は毎週恒例の「週刊Teacher Aide」の記事でしたね!

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そして、今回はある1冊の書籍をレビューしようと思います。

 

それがこちらの本です!

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教育とも心理学ともテーマが違いますが、あるきっかけでこの本を読もう!そして多くの人に読んでもらいたい!と思うようになりました。 

 

まずはそんなきっかけからいってみましょう!

 

 

工藤祥子さんとの出会い、牧内さんとの出会い

工藤さんとは2月22日に埼玉で行われた「給特法裁判」の時にお会いしました。

 

お会いしたのはその時が初めてでしたが、工藤さんの書かれた文章は読んでいました。

 

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実はブログはじめて間もない頃のこの記事で工藤さんの文章について書かせて頂きました。

 

中学校教諭であったご主人を過労死でなくされた過去を持ちます。

 

あまりお話する時間もなかったのですが、雰囲気からとても愛に溢れた人だなあと思いました。

 

 

そして、本書を執筆された牧内さんにもこの時にお会いしました。労働問題、特に「過労死」に関する取材を続けており、「過労死」の現状について知って欲しい一心で行動されています。

 

 

ぜひ本書を読んで、多くの人に伝えて欲しいということで、ぼくも1冊頂きました。

 

これが今回この本と出会い、レビューを書くに至った経緯です。

 

ちなみに斉藤ひでみ先生も紹介されていましたね!

 

 

 まさしく名著。これからほんの1部分ですが、ご紹介します。

 

ありありと思い浮かぶ取材の様子

もう少しだけ前置きをさせてもらいたいのですが、上で挙げた過去記事の中で、ぼくは、

 

壮絶なお話なので、工藤さん自らが書かれた文章を読んで欲しいというのを先に言っておきます。

このようなレビューではほんとのほんとである筆者の思いが伝わりにくいと思いますので。

 

と書きました。この考えは今も変わっていません。ぼくの記事で過労死遺族の方の思いを伝えられると思っていませんし、牧内さんの文章を読んでも、伝わり切らないところがあるのではないかと思っています。

 

 

当事者の方が書かれたものや、実際にお話を聞いてみる等しないと難しい部分です。

 

 

そう断ったうえで、本書のすごさは、

 

「取材の様子がありありと思い浮かぶ」

 

ところにあると思います。

 

取材場所の様子や、インタビューを受けている方の様子、を読むと、まさに目の前にその光景が現れるようです。

 

 

「伝わり切らないところ」もあると認識しつつ、真に迫るものもあると感じました!

 

プロの記者の方の文章はさすがだと思いました。

 

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☕どうぞ

 

「過労死」と一括りにできない多様なケース

さて、やっとで内容の方に入っていくのですが、本書は11章と牧内さんのコラム記事から成ります。

 

 

その1章ごとに1つの「過労死」のケースが描かれていて、工藤さんご主人のお話は第4章に収められています。

 

 

すべて読んでみて思ったことは、どれ1つとして同じようなケースはないということです。人の命がなくなっているのだから、当然といえば当然な気がしますが。

 

 

詳しいケースについては本書を手にとって知って頂きたいのですが、ぼくはここで1つお聞きしたいことがあります。

 

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みなさんは「過労死」の死因と聞くと何を思い浮かべますか?

 

ぼくは、これまでニュースやSNSで見てきて、くも膜下出血や心不全が多いのかなという印象を持っていました。

 

 

しかし、本書を読むとそれらも「過労死」のほんの1部でしかないと思いました。

 

 

例えば、「過労自死」というものがあります。

 

多すぎる仕事に押しつぶされ、メンタルもやられ、過労のあまり自ら死を選んでしまうケースです。過労自死についてはすこし詳しく考えたいので、後述します。

 

あとぼくが驚いたのは、「過労事故死」

 

 

疲れがたまりすぎ、バイク運転中に居眠りしてしまい、電柱に激突してしまった事例が紹介されていました。

 

 

想像できるかもしれませんが、この場合、事故原因と労働環境の因果関係を証明するのは難しく、裁判が難航した様子も描かれています。

 

 

「過労死」をめぐる裁判や公務災害申請

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「過労死」を考える場合、この裁判や、公務災害の申請等も一緒に考える必要があります。

 

 

過労死遺族の方は、「大事な人が亡くなってしまった」で終わりではないのです。そこからも否が応でもつらい体験を思い出し続けなければならない、戦いが始まるのです。想像を絶します。

 

 

実際に裁判で負ける、公務災害として認められない、ケースも多くあり、データで出ている「過労死」の発生数は1部に過ぎないのかもしれないのです。

 

 

本書では、そんな裁判の様子も細かく描かれていますので、注目してみてください。

 

 

「死ぬくらいなら会社辞めれば」

牧内さんが書かれた1つ目のコラムのタイトルがこれです。(これは牧内さんの考えではありません。)

 

 

「過労死」を考える時、「死ぬくらいならやめたら」と思ったことがある人も多いのではないでしょうか。ぼく自身もそんな風に思っていました。

 

 

上で少し触れた過労自死について。死ぬ勇気があるなら、辞める勇気を出したらいいと思いませんか?

 

 

しかし、これが「過労死」の1番怖いところだと思うのですが、「過労死」の前、人は正常な判断ができなくなっています。

 

牧内さんは、

 

健康なら誰もが思い浮かぶ「退職」という現実的な選択肢は、視界から消えてしまうか、残っていても行動を起こせるほどのエネルギーが体内から失われた状態になる。

  ー p.70 

 

と書かれています。

 

つまり、「過労死」の死因は様々ですが、共通する要因として「正常な判断ができなくなる状態に陥る」ことがあると思いました。

 

 

外国人に "karoshi" について聞かれた

今となっては有名な話と思うのですが、「過労死」は英語になっていて、 "karoshi" といえば、分かる人には伝わります。("tsunami" と同じですね。)

 

 

しかし、"tsunami" と違ってまだまだ認知度も低く、「どういう意味?」と聞かれたことがあります。

 

 

とりあえずぼくは、" People died because of too hard working. " と答えましたが、外国人の友だちからは、「なんで働き過ぎで人が死ぬの?」と言われました。

 

 

外国の人からすると、働きすぎと死ぬことが全く繋がらないのです。本当に不思議がっていました。

 

 

そしてその時、ぼくは答えを知りませんでした。過労でくも膜下出血などになることを説明できなかったからです。

 

 

本書では、その原因にも簡単に触れていますが、ぼくはむしろ、「過労死の前、人は正常な判断ができなくなる」ということを伝えたい!と今では思います。

(英語力が許せばですが)

 

 

そして、日本の中でも「過労死」についてまだまだ勉強を始めたばかりという方と、こういう認識を共有して、理解を深めていきたいと思います!

 

 

まとめ

本書には、「過労死」の実際のケースを通して、様々なパターンで「過労死」が起こること、「過労死」の原因、「過労死」が起こった後の裁判等の様子が描かれています。

 

 

既に述べたように、記者である牧内さんが書かれた文章から、取材の様子を思い浮かべながら「過労死」について考えて頂けたらと思います。