コーヒー1杯の暖かさ

心理学を専攻する教育大生が、教員を目指さずに、日本の教育に一石を投じます。

思い出しては忘れてきた9年。

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みなさんこんにちは〜

今日は書こうかどうか迷ったけど、今までの3月11日はこういう少しは見てもらえる媒体を持っていなかったので、せっかくだから今思っていることを書いてみようかな。

 

 

 

知っている人は知っているんですが、ぼくは実は岩手に故郷があって、年に2、3回はちゃんと帰省しています。

 

 

岩手県は洋野町という町で生まれ育ちました。

 

誇らしいほどの田舎なんだけど、四半世紀生きてきて、地元を超える田舎がいくらでもあることも知りました。

 

 

で、想像通りと思うのですが、ちょっとだけ震災のことを書こうかなと思います〜

 

 

9年前の今日、ぼくの町にも大地震が襲いかかってきて、怖い思いをしたはしたのです。

 

だけど、これも色んなところで言ってきましたが、ぼくの町は巷では奇跡の町とも言われ、海が目と鼻の先にあり、夏休みも海に行くことくらいしかやることがないド沿岸の町でありながら、地震、津波による死者、行方不明者が1人もいないという町でした。

 

延期になるも卒業式はやってもらえたし、4月から進学する奈良県の学校にはも予定通り通えました。

 

だから、岩手の他のまちや東北のことを思うと、この9年間、ぼくは被災したとは言えなかったなあ。

 

それはこれからするお話とも繋がってきます。

 

 

 

 

ぼくもそうだし、たぶん多くの方もそうなんですが、3月11日は毎年東日本大震災のお話をしたり、何か呟いたりすると思います。

 

それはそれでとても尊いことで、否定する気など全くありません。

 

だけど、震災のことを思い、祈るのは何も3月11日だけでなくてもいいはずなんです。

毎日東北に思いを馳せてもいいはずなんです。

 

 

5年前から言うてますわ笑

 

でも、自分で言ってるけど、ぼくもできてないんですよね〜これが

 

3月11日にあの日のことを思い出し、「よしこれからは毎日祈るぞ」と少し決心しても、1週間もしたらそのことも忘れて、日常に戻っていくんですよね。毎月の11日すら気付けば過ぎてることが多くなりました。

 

その繰り返しをしてきた9年間だったんじゃないかな。

 

そして、こんなこと言わないほうがいいと思うのだけど、これからも無理なんだろうなあとも思うんです。

 

 

 

で、これで終わるともやもやだと思うので、ぼくのやれること方針としては、

 

 

とにかく近くの人に心を配って、助けられそうな人を助けるっていうことです。

 

 

もちろん、東北の人にも幸せになってもらいたい!けど、それを言い始めたら、どこかで戦争している人だって、武漢をはじめ世界でコロナに苦しめられている人だって、オーストラリアの森林の動物だって、みんな助けたいですよね〜

 

そう考えたとき、やっぱり自分は自分にできることをちょっとずつ、やっていきたいなあと思えるわけです。

 

 

こんな感じでいいですかね?

いつも通り甘々だけど、許してね

 

 

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そして、今年もさんきゅーよーじろー

 

 

katoupan.hatenablog.com

 

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