コーヒー1杯の暖かさ

心理学を専攻する教育大生が、教員を目指さずに、日本の教育に一石を投じます。

【学校配属ガチャ?】私立教員が選ばれる時代も近い?

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みなさんこんにちは。

教育と心理学について日々考えているじんぺーです。

前回は俳句のことについて記事を更新しました。

 

www.jinpe.biz

 

ちゃんと更新していきたい気持ちはあるのですが…

がんばります…

 

というわけで今日はちゃんと教育のこと書いてみます。ぼくの考えていることで本当のところはよく分からないこともあるので、よければ意見ください。特に私立の先生!

 

それではいってみます

 

 

学生は過剰に「ブラック」に反応してしまっている?

この記事を書こうと思ったきっかけはMukaiさんのツイートです。

 

 

いや、ほんとだなあと思うばかりです。ぼくの反応はこうです。

 

 

いろんなイベントでも「ブラックブラックと言って終わるのではなく、明るく終われるようにしたいですね」と口酸っぱく言っているつもりですが、負の力は強いです。ネガティブな話題があとをつかず、そちらの印象が強くなってしまいます。

 

で、ここからはツイートしにくかった、もっと言いたかったことを書いていきます。

 

 

学校は選べない「学校配属ガチャ」

Mukaiさんの投稿に付け加えて反応したかったことが「学校配属ガチャは引きたくない」ということです。

 

Mukaiさんの言うように「学校による」というのはもっともだと思います。ぼくの周りの若手の先生方でも「1年目から定時で帰っていた」、「周りの先生に恵まれ仕事が楽しい」など充実した様子でお話してくれる先生もいます(決して多いとは言いませんが…)。

 

と同時に、ご存知のように、長時間労働、理不尽な仕事、同僚との関係性、etc. ネガティブな話を聞くこともあるわけです。

 

それらの2つの状況を分けているのは何でしょうか?

 

もちろん、個人の問題も少なからずあることは断ったうえでやはり「学校による」ところが大きいのだと思います。

 

そして、その学校を決めるのは自分自身ではありません。教育委員会によって配属校が決定されると思います。

 

つまり、自分の意志で学校が選べない、「配属学校ガチャ」によって自分が働く学校が決定されるわけです。

 

 

「ガチャ」は引きたくない若い世代

別に若い世代に限ったことではないかもしれません。

 

たぶん多くの人がガチャを引くのは嫌だと思うのです。

今の時代は、昔以上に選択肢に恵まれ、その選択をするための指標だってたくさんあります。

 

例えば、食べログを見てからお店を選ぶ、Amazonレビューを見てから本を買う、etc. つまり、ぼくたちは「一か八か」の選択をしないようになってきていると思うのです。(これは、挑戦するかしないかみたいな話と別軸で考えて欲しいです)

 

それは、ぼくたちに「時間がなくなってきているから」でもあります。山ほど読みたい本がある今、(あまり)価値のない本に費やしている時間はないわけです。

 

 

そういったことが学校選択でも起こってくる(いる?)と思います。

 

 

私立教員が選ばれる時代も近い?

そういった「ブラックな学校に行かされるかもしれない」というガチャに身をゆだねるくらいなら、(ある程度)自分で選べる私立学校に務めるということを目指す学生が増えていくのではないでしょうか。

 

一例を挙げると、現在準備中の瀬戸SOLAN小学校の先生方の楽しそうに働いている様子はTwitterをされている多くの方が目にしているところだと思います。

 

twitter.com

 

「この学校で働いてみたい!」と思った時に選べるのが私立学校の良さと思います。(もちろん、瀬戸SOLAN学校で働けるというわけではないですし、すべての私立学校が働きたい!と言える環境かかは分からないです。)

 

先日、ある方とお話していた時に(誰と話してたか思い出せないのです…笑)、私立学校おすすめといってもそんなに需要がないんじゃないですか?って聞いたら、「そんなことないよ、働き口はあるよ」と返答頂いて意外でした。

 

まだまだ、私立学校の選択肢はあるようです。

 

 

正直、これからどうなるかは分からないのですが、ありうる一つの道だなあと思っています。

 

 

 

今回もここまで読んでくださりありがとうございます!

 

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教育学部の学生にどれだけその選択肢があるか、気になるところです。