コーヒー1杯の暖かさ

心理学を研究する大学院生が、研究もそこそこちゃんとやりながら、日本の教育に一石を投じます。

普遍的な美しさと文化的文脈を組み合わせた視覚的な美的体験の統一モデル (Redies, Frontiers in Human Neuroscience, 2015)

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みなさんこんにちは。

教育と心理学について考えているじんぺーです。

今日も論文を読んでいきます~🦖

昨日のメモはこちら▽

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 早速行ってみましょう~!

 

普遍的な美しさと文化的文脈を組み合わせた視覚的な美的体験の統一モデル (Redies, Frontiers in Human Neuroscience, 2015)

結論から言うと、

芸術作品の本質的な美しさに基づいている美的経験への形式主義的な知覚アプローチと、美学の非常に個人的で文化的に依存した側面を説明する文脈的アプローチの間の矛盾を解決するモデルを提案した研究。

 

実験美学に関する2タイプの理論

1.Formalist Theories:美的経験が視覚刺激の一つまたはいくつかの形式的な特性、特にその内在的な官能的な美しさに依存していることを提案

→美しさの処理は意識に到達する必要はなく、主に非言語的なものである可能性がある

2.Context Theories:芸術家の意図と、作品が制作され、展示される状況に依存すると提案

→言語化できる明示的な情報を意図的に処理することに焦点

 

知覚チャンネルと認知チャンネルの共同活性化

モデルの中心的なメカニズムとして、美的体験を誘発するためには、両方のチャネルが特定の条件を満たさなければならないことを提案

知覚処理:美に反応する神経メカニズムは、視覚刺激の処理が行われる視覚脳領域で活性化される

→処理は主に自動化され、高速で、ボトムアップの方向に進む

認知的処理:個人的な文化的フィルターは寛容であり、すなわち、アートワークの内容と文脈が正常かつ肯定的に評価され、認知的な習得につながる

→期待を仲介したり、記憶からの文脈情報の検索を伴うトップダウンの方向に進む

 

チャンネルの一方または両方での処理がうまくいかない場合、美的経験は起こらない

(例外)

1.一部の芸術鑑賞者は、芸術を鑑賞している間、認知的評価を最小限にすることを選択するかもしれない(ポロックのNumber. 32)

2.現代美術の専門家の多くは、近代以降の美術においては、美の概念はほとんど放棄されており、代わりに、美術品の美的影響は、作家の意図、美術史的な文脈、美術専門家の評価に依存する(デュシャンの泉)

 

感情処理

感情の経験は美的経験を修飾する可能性があるが、それは美的経験を誘発するために必要な条件でもなければ十分な条件でもない

 

美的体験

美的体験が、脳領域の類似したセットの活性化につながる

眼窩前頭前野皮質:報酬系と道徳的判断に関連する

前頭皮質:4つの異なるモダリティにまたがる93件の神経画像研究のメタアナリシスで同定

DMN:安静時や自己参照的思考時に活性化

→領域を超えて美的体験と相関しているように思われるが、それらの機能マッピングは、美しい刺激の何が特別なのか、また、それらの特別な特徴が脳内でどのように処理されているのかについての我々の理解にはほとんど貢献していない?

 

コメント

知覚処理と認知処理が段階的に進むとされていたこれまでの実験美学モデルに対して、知覚処理と認知処理は同時に起こり、それらのどちらが欠けても美的体験は成立しないとしたモデルを提唱した論文。まだまだ萌芽的な分野だから、いろいろなモデルが提唱されてしかるべきだし、いずれどれかに収束していくのでは?と書いていたのが、印象的だった。俳句はRediesさんが言っている文学にあたると思うけど、絵や音楽と違ってその知覚的に訴える美しさがあまりないので、認知的な処理に依存するんだろうなと思った。ただ、イメージが鮮明に思い浮かんだときは、その体験に知覚的な要素が加わっているんじゃないかなとも思う。ここ最近のいくつかの論文は詩歌を研究するメリットを改めて考えさせてくれた。

 

論文

Redies, C. (2015). Combining universal beauty and cultural context in a unifying model of visual aesthetic experience. Frontiers in Human Neuroscience, 9, 218. http://dx.doi.org/10.3389/fnhum.2015.00218