コーヒー1杯の暖かさ

心理学を研究する大学院生が、研究もそこそこちゃんとやりながら、日本の教育に一石を投じます。

音楽のチル:音楽の魂を映す鏡としての瞳孔(Laeng et al., Consciousness and Cognition, 2016) 

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みなさんこんにちは。

微かに混じり合う教育と心理学とアートを考えていますじんぺーです。

今日も論文を読んでいきます。

  

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音楽のチル:音楽の魂を映す鏡としての瞳孔(Laeng et al., Consciousness and Cognition, 2016) 

結論からいうと、瞳孔の大きさは、チルを感じた時の特定の時間帯に大きくなり、能動的(鍵盤反応)と受動的(ただ聴く)の両方で増加した

 

背景

■音楽を聴いているときに強い情動を感じることは、一般的な美的現象

・共通していること

(a)関連する音楽イベントに強烈に吸収され、完全に集中している認知状態(Bicknell, 2009, Gabrielsson, 2011)

(b)喜びと歓喜の強烈な「ピーク」、音楽の瞬間に個人的に「融合」すること(Benzon, 2001, Sloboda, 1991)

(c)そのような強い音楽誘発体験は、しばしば「身体的」な要素を持ち、音楽の聴覚の流れの中で特定の瞬間に「チル」や「スリル」を感じる

・悲しい曲は幸せな曲よりも多くのチルを引き起こすが、様々な種類の音楽がこの反応を引き起こすことは明らか(Panksepp, 1995)

■どのような音楽的要素が「チル」を引き起こすのか、またその要素がすべての個人や音楽ジャンルに共通するものなのかは、現在のところ不明

・いくつかの研究(Gabrielsson, 2011, Grewe et al., 2007, Sloboda, 1991)によると、典型的な「チル」に関連する音響的・音楽的構造要素としては、曲の始まり、楽器や人の声の入力、音の大きさや音量の動的変化(例:フォルティシモ、クレッシコ)など

・その発生と頻度は、音楽の好みや聴く状況(自宅、劇場、教会、屋外、ヘッドフォンなど)、さらには聴く人の性格にも強く依存

・ほとんどの実験で研究者がターゲット刺激として使用する音楽作品をあらかじめ選択しているため、特定の参加者が最も感動した曲が特定の研究に含まれる可能性が低くなっている

・人は未知の音楽よりも慣れ親しんだ音楽に強く反応することが確認(Harrison and Loui, 2014, Nusbaum et al, 2014, Rickard, 2004など)

■瞳孔

感情的な興奮は自律神経系の変化を伴うことが一般的であるため、私たちは、チルのような音楽のピーク時の感情的な経験を、瞳孔の拡張によって効果的にモニターできないかと考えた

瞳孔拡張の程度は,脳幹の重要なノルアドレナリン核である青斑核の神経細胞の発火パターンに従うことが実証されており,青斑核の活動は瞳孔拡張に極めて正確に追従することから,この測定法を選択(Gilzenrat, Nieuwenhuis, Jepma, & Cohen, 2010)

・この論文が執筆されているときに、KangとWheatley(2015)が、同時二分音符音楽聴取中に2つの音楽曲のどちらに意識的注意が集中しているかを識別するために瞳孔拡張を使用できると報告していることに注意

・3つの理論的根拠:

(1)注意処理:瞳孔は、注意資源の配分と意識の集中を敏感に測定する

(2) 情動/美的処理:瞳孔は情動の関与、特に情動体験の「喚起」の側面に敏感である(Hess & Polt, 1960以来)。実際、一般的な芸術、特に音楽に対する反応の重要な要素は、激しい情動反応

(3) 神経・神経生理学的処理:音楽への激しい反応に関する神経生理学的な説明では、脳の異なる調節系が非常に関連しており、反応に因果関係がある可能性を指摘(Koelsch, 2015, Koelsch et al. , 2015)

■注意と瞳孔

・ほぼすべての研究で強調されている音楽のチルの核心的な側面の1つは、体験中に強い注意の関与が存在することである

・集中力が高まり、音楽に溶け込むほど集中し、音楽そのもの以外の刺激には注意を払わず、意識を失ってしまう(Benzon, 2001)

・音楽は「時間の芸術」であり、音楽作品は時間的なゲシュタルトであり、継続して注意を払う必要があり、最も強い体験の間は完全に吸収されてしまうことも(Bicknell, 2009, p.107, 115)

・あらゆる種類の精神的プロセスによって注意力が高まるたびに、瞳孔の拡張が観察(Goldwater, 1972)

・瞳孔拡張は、精神的努力や認知的作業負荷を表す最も「単純な」生理学的指標 (Kahneman, 1973, Kahneman, 2011)

・瞳孔径の変化は、注意力の負荷の小さな変化にも敏感に反応

・標的刺激の出現を検出するだけで、測定可能な瞳孔の拡張が起こる(Privitera, Renninger, Carney, Klein, & Aguilar, 2010)

・Einhäuser, Stout, Koch, and Carter (2008)は、Necker cubeなどの双安定刺激を交互に知覚する研究で、被験者がキーを押して知覚が切り替わったことを知らせる時間よりもわずかに早く(約500ミリ秒)瞳孔が開き始め、手動応答の数百ミリ秒後にピークに達することを発見

・瞳孔反応は,ある事象が意識の中で目立つようになり,他の事象が無視されるようになる瞬間を,容易に観察できるシグナルとして提供することができる(例えば,Zylberberg, Oliva, & Sigman, 2012)

・瞳孔反応は、特定の音楽や楽曲内の特定のポイントに注意や現在の意識が集中していることを反映

■美的感情と瞳孔

・瞳孔の直径の変化と感情の喚起との間に密接な関係があることを確認した感情と美的処理に関する研究に由来

・瞳孔測定を心理学に導入した研究の中には、女性や男性のヌード写真など、性的に刺激的な出来事に対する情動反応に関するもの (Hess and Polt, 1960, Nunnally et al., 1967, Peavler and McLaughlin, 1974)

・エロティックな状況を想像することで、女性は安静時の30〜40%の瞳孔散大を引き起こす(Whipple, Ogden, & Komisaruk, 1992)

・瞳孔の反応は、人が自分でコントロールできない全く自然なプロセスを示すため、内部状態の「正直なシグナル」であることを指摘しておくことが重要(Laeng et al.2012, Loewenfeld, 1999)

・瞳孔の大きさを自発的に制御できないことを示す最近のデモンストレーションについては、Laeng & Sulutvedt, 2014を参照

・心理学的な刺激によって誘発される瞳孔の拡張は、それ自体は光の変化ではなく、典型的には副交感神経の眼球運動複合体に対する神経抑制メカニズムの結果(例えば Steinhauer, Siegle, Condray, & Pless, 2004)

・Edinger-Westphal核は、ノルアドレナリンまたはノルエピネフリン(NE)神経調節系の脳の中枢である coeruleus(LC)によって構成される(Samuels and Szabadi, 2008, Szabadi, 2012, Wilhelm et al, 1999)

■音楽

・いくつかの研究では、自律神経系が音楽刺激に非常に反応することが示されている(レビューはGabrielsson, 2011を参照)

・一般的に、情動刺激は、valenceではなく強度に比例して瞳孔拡張を喚起する力がある(Janisse, 1974, Partala and Surakka, 2003, Vanderhasselt et al.2014)

・Salimpoor, Benovoy, Longo, Cooperstock, and Zatorre (2009) の研究では、音楽によるチルは、交感神経系の活動を介して、感情的な覚醒を示すいくつかの身体的変化と関連していることが特に指摘

・快感もチルも経験しなかった人は、生理的な覚醒の有意な増加を示さなかった

・最も興味を引く刺激や最も評価の高い刺激に対して瞳孔が拡張することが確認されている (Blackburn and Schirillo, 2012, Kuchinke et al., 2009, Powell and Schirillo, 2011)

・美的反応の心理学的理論では、芸術作品を体験する際の感情を喚起するのに、期待の違反と確認、あるいは期待と驚きが重要な役割を果たすと指摘(Berlyne, 1971, Berlyne, 1974)

・瞳孔の大きさの変化は、「驚き」(Kloostermanら、2015年、Preuschoffら、2011年)だけでなく、予想されるまたは予想外の報酬イベントの予測と結果に強く関連(Lavín、2014年、Nassarら、2012年)

■神経科学的視点

・神経画像研究では、音楽を聴くことの報酬的側面や感情的な喚起に焦点が当てられることが多い

・チルの発生時には、いくつかの神経画像研究において、報酬、感情、覚醒に最も関連するとされている脳領域(腹側線条体、背内側中脳、扁桃体、海馬、大脳皮質、眼窩前頭前野など)の血流が増加

・チルを誘う音楽が脳のドーパミン系に基づく期待や「欲しい」システムに働きかけるのではないかと推測

・チルを感じているときに線条体で内因性のドーパミンが放出されていることがわかった(Salimpoor, Benovoy, Larcher, Dagher, & Zatorre, 2011)

・ドーパミン系以外にも、脳内の他の神経ネットワークやホルモン調節系が、音楽に対する情動反応、特にチルの際の情動反応に重要な役割を果たしている可能性があると考える根拠もある

・目の瞳孔の大きさで間接的にモニターできる関連システムは、神経調節物質ノルエピネフリン(NE)に基づく脳の特定の「覚醒」システムであり、このシステムは、脳の主要なNEの中枢である青斑部(LC)に関係

・Bernatzkyら(2011)の研究によると、鳥(幼いヒナ)に音楽を午前中に30分、午後に30分聞かせたところ、全脳の神経化学分析において、NEレベル(約400%)とモノヒドロキシフェニルグリコール(MHPG:NEの主要代謝物)が有意に上昇

・同様に、より低い程度ではあるが、DAレベルも上昇した(約200%)

・光刺激とは無関係な瞳孔サイズの自発的な変化と、LCのニューロンの活動との間に緊密な相関関係があることを神経生理学的な証拠が示している(Joshiら、2016)

・fMRI信号のLC活性化が、注意負荷に対する個人の瞳孔サイズの変化によって予測されることを見出した(Alnæsら, 2014)

■パーソナリティ

・Silvia and Nusbaum (2011) による先行研究では、ビッグファイブの領域を用いて、「開放性」が音楽鑑賞中のチル体験の発生を最も強く予測

・本研究では、Davis and Panksepp (2011)のAffective Neuroscience Personality Scales (ANPS)を被験者に記入

・パーソナリティの基礎となる一次過程脳の情動システムの可能性を扱うために特別にデザインされたもの

・ANPSには「スピリチュアリティ」の尺度が含まれており、これは人間の最高の感情の一つであり、音楽に対する激しい感情(恍惚感)と関連していることから、この要素の重要性が認められている

 

方法

■参加者:ボランティア52名(平均年齢31.98歳、範囲21~59歳)

■アイトラッキング

・ドイツのSensoMotoric Instruments(SMI)社製のRemote Eye Tracking Device(RED)

・眼球運動、固視、瞳孔反応は、I-Viewソフトウェア(SMI)を用いて収集

・両眼の瞳孔径を60Hzのサンプリングレートで測定

・0.5〜1.5メートルの距離で動作することができ、モニターフレームの下に設置された,赤外光に感応するビデオカメラからの赤外光の2つの光源

・REDシステムは0.004mmという小さな変化を検出することができる

■手続き

・チルの経験に関するチェックリストに記入

・実験に先立ち,参加者には,何らかの形でチルを感じそうな「曲」(ただし,器楽曲でも可)を3曲選んでもらった

・参加者の選択に重複がなかったことから、156曲の音楽を刺激として得た

・自分で選んだ曲もコントロール曲も、最初から最後までフルに演奏

・ントロール曲は、性別と年齢が一致したもう一人の参加者がチルを誘発すると選んだ3曲で構成されていた

・・能動的聴取条件の間,参加者の前に置かれたPCのキーボード上のキーを押すことで応答することができた

・a)目を開けて曲を聴くだけの受動的な条件(b)同じ参加者にチルを感じるたびにCキーを押してもらう能動的な条件

 

結果

■チル

・すべての参加者が何らかの形でチルとした経験があり、我々の音楽チルの広義の定義に含まれる特徴のうち少なくとも1つを経験していると答えた

■上記の被験者内因子と「チルの回数」を従属変数として、反復測定分散分析(ANOVA)を行った

・Chills条件の有意な主効果は、F(1, 51) = 28.9, p < 0.0001であった。自分で選んだ曲は、対照曲(マッチした参加者が選んだ曲)に比べて、はるかに高い頻度で(平均で5倍の差)チルを生じさせた

・繰り返し音楽を聴いていると、明らかにチルが減少していることから、慣れや時間経過による感情の減退が考えられる

■瞳孔径

・キーを押す1秒前と1秒後を基準に、チルによる瞳孔の変化を計算して平均化する時間枠を設定(イベント関連瞳孔変化は,イベントの合図であるキー押下の約1秒前に始まり,反応後1秒以内にピークを示すという先行研究の結果に基づいて決定した)

・参加者の平均瞳孔径はチル中の各曲について決定

・ANOVAの結果,チルの主効果は有意で,F(1, 32) = 10.6, p = 0.003:選択された時間窓内の平均瞳孔は、選択されたチルズ曲(平均瞳孔径=3.7mm、SE=0.09)の方が対照曲(平均瞳孔径=3.5mm、SE=0.09)よりも大きい

・Chillsとリスニング条件(アクティブ、パッシブ)の間には有意な相互作用があり、F(1, 32) = 11.5, p < 0.002となった

・選択された時間枠内の平均瞳孔は、他のすべての条件と比較して、アクティブ(キーを押す)条件のチルズ曲の方が大きかったことが、事後検定で確認

■チル時の平均瞳孔径とベースライン(全曲中の参加者の瞳孔径の中央値),およびリスニング条件(アクティブ,パッシブ)を比較

・チル対ベースラインの有意な主効果,F(1,32)=7.2,p=0.011

・また、前回の分析と同様に、リスニングの主効果、F(1, 32) = 4.9, p = 0.033が見られ、アクティブな条件はパッシブな条件よりも瞳孔の反応が大きい

 ■能動的に聴く条件と受動的に聴く条件の両方について、瞳孔の直径の間で直接ペアのt-検定

 ・アクティブリスニングでのチル関連の瞳孔は、アクティブリスニングの瞳孔径の中央値またはベースラインと比較して有意に大きく、t(32)=2.5、p=0.02

・チル時の瞳孔径は、パッシブ条件よりもアクティブ条件の方が大きく、t(32) = 2.1, p = 0.05

 ■同じ曲をアクティブに聴いた場合とパッシブに聴いた場合の平均瞳孔径を、チルに関連した対応する時間帯で回帰分析

・R = 0.72 (R2 = 0.52), p < 0.001と、確かに瞳孔には正の相関がある

■APNSスコア

・ANPSの7つの尺度(SEEK、FEAR、CARE、ANGER、PLAY、SADNESS、SPIRITUALITY)のスコアと、チルの頻度やチル時の瞳孔の大きさを従属変数として、2つの重回帰分析

・NGERスケールのスコアは、チルを感じる頻度と関連(傾き=-1.43;t=3.1、p=0.004、r=0.47)

・SPIRITUALITYスケールのスコアは、チル時の瞳孔拡張と関連した(傾き=0.25;t=4.1、p=0.01、r=0.41)

■考察

・NE-LC系は、音楽によって引き起こされるチルの経験の重要な要素である、注意力と感情の喚起に関連する瞳孔反応に関与していることが知られている

・実際、瞳孔測定の研究では、疲労が持続的な瞳孔収縮を引き起こすことがわかっている(Loewenfeld, 1999)

・チル時に瞳孔が大きくなるのは、手動応答によるタスク要求の影響である可能性は否定された

・瞳孔測定の文献では、瞳孔の大きさの変化は、期待/不期待の報酬イベントの結果だけでなく、期待にも関連しているとされている(Jepma and Nieuwenhuis, 2011)

・青斑核は、注意処理と効用決定の両方に関与することが知られている脳領域と密につながっている(例えば、Sara, 2009)

・チル反応と瞳孔径の関連は、検索に関連した活動の間接的なマーカーでもあるかもしれない

・瞬きの回数はドーパミン系の関与度の「代理」として提案されており(Carson, 1983, Colzato et al., 2009)、一方、瞳孔径はノルエピネフリン系の活性化の代理として用いられている(Costa and Rudebeck, 2016)

・ノルエピネフリンは驚きに備えて脳を準備し、ドーパミンは目標に向かって行動

・「霊性」尺度のスコアがチル時の瞳孔の大きさと関連していたという事実は、音楽に対する感情的な反応が、音楽と「一体になる」という恍惚的な吸収(Jourdain, 1997)の形をとる個人の傾向を裏付けているように思われる

 

コメント

瞳孔径はドーパミン系を反映しているかと思って読んでいたら、ドーパミン系よりもむしろエピネフリン系という感じがしてきた。神経核の話はむずかしいなあ。

 

論文

Laeng, B., Eidet, L. M., Sulutvedt, U., & Panksepp, J. (2016). Music chills: The eye pupil as a mirror to music’s soul. Consciousness and Cognition, 44, 161–178. https://doi.org/10.1016/j.concog.2016.07.009