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アート受容における負の感情の享受に関するDistancing-Embracingモデル(Menninghaus et al., Behavioral and Brain Sciences, 2017)

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みなさんこんにちは!

大学院で芸術鑑賞の心理学を研究していますじんぺーです。

今日も論文を読んでいきます。

 

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さっそくいきます!

 

アート受容における負の感情の享受に関するDistancing-Embracingモデル(Menninghaus et al., Behavioral and Brain Sciences, 2017)

レビュー論文なので、ポイントをまとめていきます。

 

ポイント

■紹介するモデルがこれまでの取り組みと異なる3つのポイント

1.楽しさとネガティブな感情が結びつくような、稀な例外的ケースのための処理モデルではない

2.2つの相補的な処理要素:Distancing要素とEmbracing要素

・ポジティブな感情とネガティブな感情が相互に作用することで、ポジティブな感情だけで楽しむタイプの喜びよりも、アートの処理は感情のバリエーションが豊かになり、退屈になりにくいという仮説

3.ネガティブな感情と関連するアート鑑賞の喜びを十分に説明するためには、少なくとも「距離を置く」因子の1つと「包み込む」因子の1つが組み合わされている必要がある(ほとんどの場合、抱擁因子の2つ、3つ、あるいは5つの構成要素すべてが役割を果たしていると考えられる)

■我々の多成分モデルは要素プロセスモデルではない

・既存のプロセスモデルは、必ずと言っていいほど、正当な理由があって、特定の芸術ドメインに限定されている(Bratticoら2013; Jacobs 2015; Juslin 2013; Lederら2004; Pelowskiら2016)

・本論文の目的は、音楽、文学、そして「はじめに」の最後に述べた制限付きで視覚芸術の芸術領域において、負の感情の快楽的処理に仮説的に関連する処理要素を特定することにある

■芸術受容における負の感情の享受に関する最近の実証的な研究も、時間的に展開する芸術、特に映画、音楽、文学に重点を置く

・時間芸術は、絵画や彫刻のような純粋な空間的対象に比べて、はるかに長い露出時間と注意持続時間を必要とする

■負の感情の特徴

・最近の心理学的研究では、多くのネガティブな感情は、注意資源を特に強力につかみ、強烈に感じられ、ポジティブな感情に比べてフェードアウトしたりベースラインレベルに戻ったりする傾向が少なく、しばしば記憶の中の特権的な記憶にアクセスできるという証拠が示されている

・ネガティブな感情的意味合いを持つ芸術作品に対して、受け手は(予想される)ネガティブな感情を経験したと誤って報告するだけで、実際にはそのような感情を感じていない可能性がある(Kivy 1991, Ch.8; Krämer & Witschel 2010を参照)

・悲しい音楽(Lundqvist et al. 2009)、感情的にネガティブな写真(Gerger et al. 2014)、怒りを誘発するパフォーマンス(Wagner et al. 2016)に関するいくつかの研究では、自律神経系(ANS)の客観的な生理反応が、それぞれのネガティブな感情の本物のエピソードに期待されるパターンと一致する

・登場人物によって表現されるだけでなく、少なくとも部分的には観客が感じ(Juslin 2013; Mills 1993も参照)、そのように感じられた負の感情は、美的嗜好やポジティブな楽しみと共働しているように見えることを示すことに収束

■ネガティブな感情を含む作品は、ネガティブな感情を含まない、あるいは含まれても程度が低い作品に比べて、より強い情動反応を引き起こし、記憶に残りやすいのか?

・音楽を聴いたり、映画を見たりする際の寒気や鳥肌の活性化は、自律神経系の情動的覚醒を示す皮膚電気活動の増加と、一次報酬ネットワークの強い活性化の両方を伴い、鳥肌が感情的な涙と共起したときに、生理的覚醒は最大レベルに達する

・現実の記憶では、楽しく感動したエピソードが悲しく感動したエピソードよりもはるかに多く想起され、逆に、架空の芸術作品に関する記憶では、悲しく感動したバリエーションに強いバイアス

・悲しく感動する映画や物語は、楽しく感動するものよりも観客に強い影響を与えると評価された

■Distancing要素

・心理的距離の解釈レベルの理論に従い、心理的距離のベースラインは、アートを受け取る人の「今ここ」での「私」であり、後述する心理的距離の様々な次元は似たような効果を持つ傾向があると仮定

・表象と虚構の認知スキーマは、芸術の枠をはるかに超えて活性化される可能性があるため、ここでは3つのスキーマを別々に定義

・この3つのスキーマはすべての芸術に必須のものではない

■アートスキーマ

・アートの受容は、通常の行動やコミュニケーションの場ではなく、本を読んでいる、映画を観ている、音楽を聴いているという継続的な状況認識を意味する

・舞台上や本の中で表現されたものが視聴者や読者に直接危害を加えることはないので、この状況概念には個人の安全性という概念が含まれている

・痛みを伴う治療を自分の意志で中止できる力があり、状況を制御できる場合には、痛みに対する耐性が大幅に高くなるという実験結果と一致(Litt 1988)

■表現の認知的スキーマ:時間的・空間的・文化的距離の影響

・表象は通常、時間的にも空間的にも共時的ではない出来事やシナリオを指す

・メディアの生中継は時間的には距離を克服するが、空間的にはそうではない

・表現は通常、出来事の知覚的特徴の一部を強調し、他のものを犠牲にする

・時間的・空間的な距離が十分に大きくなると、必ずと言っていいほど、文脈の文化的差異という別の要因が絡む

■フィクションスキーマ

・架空の芸術作品を含む架空の(事実に基づく)表現という、表現のサブグループにのみ関係

・虚構の領域に存在論的に移行することで、否定的な感情を引き起こす芸術作品に対する寛容さや楽しみが増すと考えられてきた

・ノンフィクション・アートやノンアート・フィクション、フェイク・ドキュメンタリーを研究することで、アート-対-現実のフレーミングとフィクション-対-現実のフレーミングの重なりや違いについて、さらに興味深い視点が得られるかもしれない

■Distancing要素の証拠

・架空の出来事に反応して悲しく感動したエピソードは、現実の出来事に反応したエピソードに比べて、評価「自己欲求」「自己原因」「結果を修正する力」が有意に高く、評価「望ましくない結果」が低いことが示されている(Menninghaus et al. 2015b)

・嫌なことの写真をアート写真として提示した場合と、衛生指導を目的として作成されたドキュメンタリー写真として提示した場合の研究では、アートフレーミング群の方がポジティブな感情のレベルが高かった、同時に、報告された嫌悪感は2つの条件の間で差がなかった(Wagner et al.2014)

・ネガティブな価値観の評価は2つのフレーミングでは差がなかったが、ネガティブな価値観の写真は、やはりアートフレーミング条件でより美的に好まれていた

・最近の脳波研究(Van Dongen et al.2016)では、アートフレーミングによって活性化される暗黙の感情調整の神経科学的証拠

■Embracing要素

・認知状況スキーマの活性化は、もっぱら問題となっている楽しみのための前提条件を確保するもの

■肯定的な感情と否定的な感情の相互作用

・完全にポジティブで美しい物体や物語の美しい表現で得られる喜びは、ポジティブでネガティブな感情反応のダイナミックな相互作用を含む喜びに比べて、あまり激しくなく、深くなく、自己支持的でなく、退屈を誘発しやすい傾向がある

・この仮説は、カントも提唱「演劇(悲劇であれ、喜劇であれ)が魅力的なのはなぜか。それは、希望と喜びの間にある不安と当惑という、ある種の困難がすべての劇に現れているという事実であり、それによって、反対の感情の相互作用が観客の心を動かすのである」(Kant 1798/1996)

・ソロモンの対立過程理論は、芸術作品に限らず、感情を喚起する出来事はすべて、負と正の両方の(つまり、反対の)感情過程を生じさせるとさえ提唱

・「不快な感情」を含めることで、より大きな感情の振幅、感情の深さ、ダイナミックな変化の速度を持つ美的軌跡が得られるという仮定に基づいている

・ポジティブな感情とネガティブな感情の割合を変えた軌跡を実験的に調べてみることを提案

・ネガティブな感情の割合をゼロに近い状態からどんどん増やしていっても、美的感覚が単調に増加することはなく、むしろ逆U字型になるのではないかと考えられる

・ポジティブな手がかりだけのシナリオにネガティブな手がかりを加えたりすると、どちらの場合も、美的鑑賞や感情移入に関するさまざまな尺度(好き、美しい、面白い、不安、感動、感情移入の強さなど)の評価が高くなるはず

■媒介としての混合感情

・併発した混合感情は、ネガティブな感情をポジティブな楽しみに取り込むための、双極性のメディエーターとして機能

・2つの媒介感情(感動とサスペンス)は混合感情的な性質を持っており、このことがネガティブな感情と芸術鑑賞の快楽的な期待とを調和させる役割を果たしていることを主張

・「感動」や「触れられた」という感情は、「悲しみ」や「懐かしさ」という感情と密接に結びついており、さらに、これらの4つの感情状態は頻繁に共起(Menninghaus et al.2015b; Sedikides et al.2008)

■悲しみの場合

・悲しい音楽、詩、物語、映画は、感動や懐かしさのエピソードと融合しているからこそ、またその程度に応じて楽しむことができるのであり、この関連性によって、悲しみは、感動や懐かしさの特徴である、混合された、しかし主に肯定的な感情の性質に参加することができる

・感動のエピソードの大部分を占めるのは、2つのプロトタイプ

・喪失(別離、死)や犠牲の経験が、最愛の人の価値や思い出を肯定的に評価したり、傍観者や見物人が愛や共感を感じたりすることと関連

・感動の第二の原型は、喜びに満ちた感動:自分の子供時代やかつての恋愛関係のノスタルジックな記憶、また、結婚、再会、和解などが挙げられる

・幸せな再会の前には辛い別離の期間があったこと、カップルは必ず結婚式の日よりも楽しくない日々や経験に直面しなければならないことなど、ネガティブな反作用がある

・感動の2つのプロトタイプにおいて、悲しい感情と楽しい感情の割合が逆転しているにもかかわらず、感動的なアート作品に対する全体的な情動反応は、ポジティブな感情が優勢であることを示している

・簡単に言えば、社会的結合や愛着に直接関係する悲しい感情だけが、感動の感情の成分になりうる

■ホラーの場合

・ホラー映画を見ているときにネガティブな感情のレベルが上がると、より楽しむことができるという証拠が得られている(参照:Hoffner & Cantor 1991; Sparks 1991; Zillmann et al. 1986; Zuckerman 1979)

・sensation seeking (Zuckerman 1979)という心理学的構成要素によると、恐怖と希望の間の認知的不確実性と感情的曖昧さ(affective ambiguity)は、サスペンスのネガティブな認知的・感情的側面が、ハッピーエンドへの欲求とは異なる感情的・生理的覚醒の欲求を満たすならば、本質的に自己報酬的な体験となりうる

■嫌悪感の場合

・芸術の楽しみのために嫌悪感を採用することに関する経験的な証拠は、悲しい映画や詩、音楽、ホラー映画の楽しみに関する証拠よりもはるかに少ない

・芸術の文脈において嫌悪感という感情を部分的に肯定的に再評価することを規定している

・芸術分野における嫌悪感のユーモラスで愉快な意味合いに焦点を当てた経験的研究では、これらの文脈における嫌悪感の感情的性質が混在しているというニュアンスの証拠が示されている

・純粋で単純なネガティブな感情よりも、複雑に絡み合った感情の方がアートの受容に強い役割を果たす

■まとめ

・ポジティブな感情、ネガティブな感情、そしてミックスされた感情の相互作用は、ポジティブな感情とネガティブな感情のみの相互作用よりもさらに感情の変化が大きいため、後者の利点である、より多くの感情の変化とダイナミックな変化を少なくとも同等にサポートする可能性が高い

・あるいは頻繁に混合した感情を持つ他の感情状態が、私たちが「感動」や「サスペンス」について診断したのと同じような役割を果たしている可能性が高い:畏敬の念(Keltner & Haidt 2003; Silvia et al. 2015)や崇高な感情(Eskine et al. 2012; Gordon et al. 2017)、ノスタルジア(Wildschut et al. 2006)、驚き(Noordewier & Breugelmans 2013; Silvia 2009)、さらには混乱の特殊なバリエーション(Silvia 2009; 2010)

■アート表象の美的価値

・表象メディア(音・音楽、言葉、色・形など)の美的に魅力的な使い方は、ネガティブな感情の内容や連想の処理をより楽しくする力を持っているが、ネガティブな感情反応を減らすことはもちろん、消すこともできない

・すべての(再)提示メディアは、何かを表すだけでなく、それ自体が何かである

・表現媒体を芸術的に使用することは、芸術作品の物質的・現象的な「現実」を構成する。それは芸術家の努力の大部分を占め、彼らの特定の技術やパフォーマンスを賞賛する理由を提供し(Newman & Bloom 2012)、美的嗜好に大きく貢献する可能性が高い

・表現の芸術そのもので得られる喜びは、(主に)表現対象の処理によるものではなく、表現そのものに内在する美的特性(Walton 1970)や美徳(彩色、実行、詩的スタイルなど

・照明、色使い、カメラの視点、カットの手法、モンスターの恐ろしい姿を強調する特殊効果、サウンドトラックなどの採用パターンを実験的に変更したものはないようだ

・言語を芸術的に扱うことで、悲しみの感情や全体的なネガティブな感情の評価を下げることなく、また変えることなく、主に悲しい内容の詩の美的評価をポジティブに高めることが示された

■意味づけによる負の感情の救済

・ある種の意味を探して発見することは、ネガティブな出来事を過去にさかのぼって、あるいは同時に(再)評価して、より良い方向に導くためによく使われる認知戦略

・ネガティブな感情を高次の意味性の観点から再評価することが、悲しい映画の楽しみ方に関する研究で大きな役割を果たしている

■ジャンルスクリプト

・幻想的なホラー小説では強い不気味さを呼び起こす物語内容の特徴が、おとぎ話ではそのような感情を呼び起こさない可能性がある

 

コメント

M1の時に出会って何度も引用した論文を改めて読んだ。読み落とし、とか新しく腑に落ちたところがあり、論文を書き始める前に確認できてよかった。

 

論文

Menninghaus, W., Wagner, V., Hanich, J., Wassiliwizky, E., Jacobsen, T., & Koelsch, S. (2017). The Distancing-Embracing model of the enjoyment of negative emotions in art reception. Behavioral and Brain Sciences, 40, E347. doi:10.1017/S0140525X17000309